邦画『白河夜船』 闇の中の眠り姫
寺子は恋人の岩永からの電話が鳴る時だけ目を覚まし、その時以外は深い眠りの中にいます。
岩永には植物状態の妻がおり、つまり寺子との関係は不倫。
「もしも今、私たちのやっていることを本物の恋だと誰かが保証してくれたら、その人の足元にひざまずくだろう。」
寺子の心は張り詰めた状態だった。
そんな寺子をいつも笑顔で見守る親友のしおりがいたのだが、彼女は突然、たくさんの睡眠薬を飲んで二度と目覚めることはなかった。
親友の死によって、寺子の眠りは更に深くなっていく。
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この映画を見ていて不思議なのは、自分も寺子の気持ちが分かるような気がしてくること。
不倫の経験も親友を亡くした経験もありませんが、眠ったら無になれる感覚、自分もその微睡みに溶けていくような感覚になるんです。
“添い寝屋”の仕事をしていたしおりは、この仕事は「人の横で影のように寝ていると、影を吸い取るように人の心を写し取る」と言っていましたが、映画を通してその感覚を体感しているのかも。
寺子役の安藤サクラさんの語りもまた、ゆったりとぼんやりとした夜の雰囲気を感じさせるんですよね。
しおりは何故死んだのかと考察されるけど、本人は死ぬつもりなかったんじゃないのかなぁ。
職業病で不眠症を抱えていたので、つい薬を飲む量が多くなってしまっただけなのでは。
“眠り”がキーワードになっているのもあって、登場人物を朝:夜=光:闇で捉えて考えました。
しおりは眠らない、眠れないといった意味でも光、眠り続けてしまう寺子は闇。
これも踏まえて、明るく優しく誇りを持って仕事をしていたしおりが、何かに悩んで自ら死んだと考えるのは私としてはしっくりこない。
岩永は見た感じ不倫なんてしなさそうな、穏やかで物静かな男性なんです。
寺子を手元に置いているのも、きっと女遊びがしたい訳ではない。
私のイメージなんですが、光はものを包み込み、闇はものを吸い込むイメージがあるんですよ。
なので岩永は、寺子の闇の部分に自分の抱えているものを吸い込ませて楽になっていたのかなと思うんです。
しおりの言葉にも繋がりますし。
そして私が気になったシーン。
無職だった寺子がアルバイトをして給料をもらったことを話す時、ネイルを落としながら報告しているんです。
物語の始めから寺子が真っ黒いネイルをしていることが気になったんですが、この黒いネイルを落とすという行動に、闇を拭い去る意味も込められているのかなぁなんて思いました。
最後の寺子と岩永が花火を見に行くシーンは、無邪気にはしゃいで花火を見る岩永を眺めている寺子が何とも良いんですよね
下から見上げて彼の横顔を眺めるのって素敵じゃないですか。
目と目を合わせるのとは違う愛おしさを噛み締められる気がして。
そんなの遠い昔の話ですけど(=ω=;)
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